下肢静脈瘤とは

下肢静脈瘤については、あまり教科書に詳しく書いてないし、系統的に教わった覚えもないし、学会で聴いても右から左に抜けていってほとんど記憶に残っていません。自分で書いた記事(東京支部総会――血管炎 2013.2.18)もほとんど忘れかけていました。今回改めて調べてみて、日本皮膚科学会の「下腿潰瘍・下肢静脈瘤診療ガイドライン」という詳細な報告書がすでに2011年に開示されていることを恥ずかしながら初めて知りました。ただ、敢えて言い訳をするならば、一般に皮膚科学会では学問としては血管炎の方がよく取り上げられる傾向があり、静脈瘤そのものはあまり発表の対象になりません。しかし海外の疫学調査によれば下腿潰瘍の原因として静脈性が70%を占めていて、その他に動脈性の虚血が10%、その他に膠原病、血管炎、外傷、感染症、壊疽性膿皮症、リンパ浮腫などがあるとのことです。
すなわち静脈うっ滞・下肢静脈瘤は最も重要な位置を占めているということになります。その成り立ちについて述べてみます。
下肢静脈瘤とは下肢の表在静脈が拡張し蛇行する疾患です。こぶ状になる場合もありますが、網目状、くもの巣状に静脈が拡張したものもあり、かならずしもこぶ状にならない場合もあります。
下肢末梢部まで行った血液は静脈流に乗って心臓に帰っていくわけですが、立位でもそれを手助けするのが、下肢の運動による筋ポンプ作用であり、逆流して血液が下がらないようにするのが静脈弁です。この静脈弁不全が起こると下肢静脈高血圧が生じ、静脈瘤を生じます。
それを理解するには、ヒトの下肢の静脈の流れがどうなっているか解剖を知ることが必要かと思います。日本皮膚科学会雑誌に出ていた図をお借りして目で見て解るようにしてみました。
【下肢静脈の解剖】表在静脈、深部静脈、交通枝に分けられます。
(1) 表在静脈・・・正常では下肢静脈の約1~2割が表在静脈を介して還流しています。主に大伏在静脈(great saphenous vein: GSV)と小伏在静脈(small saphenous vein: SSV)の2系統に分かれます。
GSV:足背内側から下腿、膝、大腿の内側を上行して鼠径部で大腿静脈に合流します。ここで浅腹壁静脈や内外側副伏在静脈などの分枝もGSVに合流します。下腿では前方脛骨静脈、後方弓状静脈が合流します。また交通枝(穿通枝)によって深部静脈とも交通しています。
SSV: かかとの後方から下腿後面中央を上行して膝部で深部静脈の膝窩静脈に流入します。ただ、SSVは個人差が大きいそうで、膝窩静脈に合流しない人もあるそうです。
(2) 下肢深部静脈・・・下肢の深部で動脈と併走している静脈系で前・後脛骨静脈、腓骨静脈6本が膝下で合流して膝窩静脈となり、さらに上行して鼠径部でGSVと接合して外腸骨静脈につながっています。
(3) 交通枝(穿通枝)・・・表在静脈系と深部静脈系を繋いでいる直径3mm以下の静脈で下から、Cockett1~3、Boyd、Doddの3本の交通枝があります。静脈弁があり、表在から深部へ流れています。
【静脈瘤の分類】
◇一次性静脈瘤・・・表在静脈そのものの弁機能障害によって生じる下肢表在静脈の拡張・蛇行で、多くの下肢静脈瘤はこのタイプです。
肥満、妊娠などで腹圧がかかって静脈流が還流しにくくなったり、長時間の立ち仕事などで下腿の筋ポンプ作用が働かない時間が長くなると、下腿の静脈血がうっ滞し、静脈圧が上がり拡張すると静脈弁も正常に作動しなくなってきて静脈血の逆流が起こってきます。その他に体質、手術、外傷の既往など、循環器や糖尿病などの疾患、抗血栓薬、ホルモン製剤などの使用も発症に関係します。
形態的に4型に分けられます。
1、 伏在型静脈瘤・・・本幹型静脈瘤とも呼びます。GSV型静脈瘤では大伏在―大腿静脈接合部直下のGSVの弁不全から逆流が生じ、大腿から下腿までGSVの走行に一致して静脈瘤が見られます。SSV型では下腿後面のSSVおよび分枝静脈の拡張を認めます。これらでは下腿にうっ滞性皮膚炎を伴うことがあります。
2、 側枝型静脈瘤・・・伏在静脈本幹ではなく、伏在静脈末梢分枝に静脈瘤がみられます。
3、 網目状静脈瘤・・・2~3mm径の青みがかった静脈瘤が皮内にみられます。
4、 くもの巣状静脈瘤・・・真皮内の1mm以下の拡張した細静脈が集まった赤褐色の静脈瘤です。
◇二次性静脈瘤・・・拡張している下肢表在静脈そのものには原因がなく、その他の原因で、二次性に静脈瘤が生じるものをいいます。深部静脈血栓症や骨盤内腫瘍や動静脈瘻によって静脈圧の上昇によって生じてきます。
【静脈瘤性症候群】
一次性下肢静脈瘤を放置しておくと、静脈うっ滞(静脈圧の上昇)によってさまざまな自他覚症状がでてきます。下肢の鈍重感、倦怠疲労感、こむら返り、痛み、痒み、熱感などの自覚症状が現れてきます。またうっ滞性湿疹、浮腫、紫斑、色素沈着、ヘモジデリン沈着などが生じます。重症になると皮下脂肪織硬化や難治性の下腿潰瘍を生じます。
同様な症状は深部静脈血栓症後遺症でも生じます。
一次性と二次性では治療法が異なり、特にDVT後の二次性静脈瘤では手術は禁忌ですので慎重な取り扱いが必要となります。
【深部静脈血栓症(DVT) 】
深部静脈血栓症(deep vein thrombosis: DVT)と肺血栓塞栓症(pulmonary embolism: PE)は合併することが多いのでまとめて静脈血栓症とも呼ばれます。エコノミー症候群、旅行血栓症とも呼ばれますが、飛行機旅行以外でも生じるのであまり適切な名称ではありません。先の東日本大震災では長時間車の中で動かずに座っていたりして、避難者におけるDVTの発生率は通常の200倍もの高率だったといわれています。
症状は突然の片側の下肢の腫脹、浮腫、疼痛、緊満感などです。早期(発症後1週間以内)に下肢の血栓が静脈壁から剥がれて、肺血栓塞栓症を生じると胸痛、呼吸困難、冷や汗、失神などが現れます。大きな血栓ではショック、心停止もありうるそうです。
病初期に適切な対応がなされないと、肺血栓や、慢性的な二次性静脈瘤や潰瘍などを伴う血栓後症候群になる場合もあり注意が必要です。
飛行機や車の長時間着席によること以外にも様々な原因で発症しますが、術後特に膝関節人工関節置換術後は約半数にDVTが発症するそうです。術後、下肢ギプス包帯固定、出産後などにDVTを発症して重症化するケースも多いことから2004年からは予防的な処置、投薬も保険適応になっているそうです。

「二次性静脈瘤ではDVT後が多い。DVTは従来日本人には少ないとされていたが、診断されていなかっただけで決して少ない病態ではない可能性がある。蜂窩織炎などと誤診されて診断のつかぬまま自然軽快している例が多いと思われる。しかし急性期DVTは致命的になる肺血栓塞栓症の原因であるため、初期時診断が重要である。」(伊藤孝明)
「常に考えておかなければならないのは、「DVT後静脈瘤ではないか?」である。かつて下肢が高度に腫脹したことはないか?長期臥床や長時間手術の有無、悪性腫瘍の既往、ステロイドやピル内服の既往、複数回の流産の既往、下肢~足の骨折や固定の有無、人工股関節置換術の有無、下肢麻痺などがないかを詳しく聞き、これらがある時は、DVT後の二次性静脈瘤を疑うべきである。」(伊藤孝明)

参考文献
日本皮膚科学会雑誌 121(12), 2431-2448, 2011
下腿潰瘍・下肢静脈瘤診療ガイドライン

日本医師会雑誌 第142巻・第9号/平成25(2013)年12月
特集 末梢動脈・静脈・リンパ管の病気update

Visual Dermatology Vol.9 No.9 2010
下腿潰瘍・足趾潰瘍―皮膚科の関わり方― 責任編集 沢田泰之

皮膚外科学 監修 日本皮膚外科学会  学研メディカル 2010 東京
伊藤孝明 第6章 16 うっ滞性潰瘍・下肢静脈瘤 p540-549

下肢静脈日本皮膚科学会雑誌:121(12) 2434,2011(平成23)

うっ滞性皮膚炎,静脈瘤性症候群(うっ滞性症候群).下肢静脈瘤があり、慢性的に血管透過性が亢進した状態が続くと、フィブリノーゲンや赤血球が漏出し慢性的な炎症を生じ、湿疹皮膚炎を形成する.さらに進行すると難治性の皮膚潰瘍ができる.
静脈瘤1伏在型静脈瘤(本幹型静脈瘤)
静脈瘤2小静脈瘤(側枝型、網目状?)