炎症後色素沈着

炎症後色素沈着( Post inflammatory hyperpigmentation: PIH)

様々な疾患や外傷などがその原因になります。
各種の感染症(とびひ、癜風、帯状疱疹など)、アレルギー性、免疫性の疾患(接触皮膚炎、アトピー性皮膚炎、強皮症、エリテマトーデスなど)炎症性角化症(乾癬、扁平苔癬など)薬疹(固定薬疹、光線過敏性薬疹)、ニキビなどの疾患があげられます。それ以外にも炎症を生じる疾患ならばその治癒過程で色素沈着を生じます。
 また炎症性の疾患ではなくても、物理的な外傷、擦過傷、日焼け、熱傷、レーザー治療、凍結療法などによっても生じます。また引っ掻くこと、擦ることなどで起こる炎症後色素沈着は意外と無視できないほどに多くの場面で隠れた原因となっています。

炎症性色素沈着の発症には、スキンタイプが関係します。スキンタイプⅣ、Ⅴなどの色黒で日焼け後に黒くなり易いタイプの人は発症し易いので注意を要します。
スキンタイプⅣ  サンバーンなし、常にサンタン
スキンタイプⅤ  茶色の皮膚色
日本人の多くはこのスキンタイプに入りますので、白人に比べて炎症後色素沈着が起き易い人種といえます。Qスイッチレーザー治療後の色素沈着はほぼ50%の人に生じるといいます。

炎症後の色素沈着が生じる機序は完全には解明されていません。しかし、皮膚に炎症が生じるとアラキドン酸代謝産物やさまざまなサイトカインが活性化され、その刺激によってメラニン産生が促進されると考えられています。
 その関係するサイトカインは炎症の種類によってさまざまに異なるようです。例えば紫外線ではエンドセリンやstem cell factor(SCF)が重要な役割を担っていますし、外傷などでは創傷治癒に関係するTGF-α,PDGF,EGFなどが関係しているとのことです。

炎症後色素沈着には大きく分けて、2種類あります。1つは表皮メラノサイトが活性化することによって生じるものです。2つ目は表皮のメラニンが真皮に滴落して、メラノファージを形成して色素沈着を生じたものです。
これを組織学的色素失調(incontinentia pigmenti :IP)とよびますが、表皮全体に強い炎症が起きた場合に生じます。
この組織学的色素失調をきたすもので、「顔面のシミ」で忘れてはならないものにリール黒皮症(Riehl melanosis : RM)と摩擦黒皮症(friction melanosis: FM)があります。
【リール黒皮症】
1917年にリールが初めて報告した顔面の特異な色素沈着です。額から顔面の側面に黒褐色から灰色がかったスレート色の色素斑が生じますが、び慢性または網目状時に毛包性の色素沈着や丘疹を認めることもあります。軽度の紅斑、掻瘙痒、皮膚炎などの皮膚炎が先行し、その後に色素沈着が生じます。顔面が主体ですが、頸や腕、手などにでることもあります。リールは戦時下(第1次、第2次大戦)に多発した原因を戦時下の栄養不良状態からきたものと推定しました。日本では戦争黒皮症、女子顔面黒皮症などと呼ばれました。戦争が終わっても同様のケースがみられ、ある種のオイルや化粧品に含まれるアニリン染料による接触アレルギーが関与することが分かってきました。その後患者数は減少しましたが、日本では1973年から1976年頃に多く発症しました。接触アレルゲンが解明されてきてからは患者数は減少しました。
 いわゆる粗悪化粧品が一掃されてから激減したようです。
 接触アレルギーの原因物質としては、化粧品色素に含まれるSudanⅠ、PAN、衣類の染色に使われるナフトールAS、殺菌防腐剤のトリクロカルバンなどが報告されています。またフォルムアルデヒド、パラベン、香料、機械油、切削油なども報告されています。しかし全ての原因物質が同定されているわけではありません。
 文献による原因物質は多岐にわたります。衣類に使用される染料、防腐剤、殺菌剤、化粧品に使用されている色素、防腐剤、ヘアダイなど、また各種の香料、オーデコロンなどのジャスミン、麝香(ムスクアンブレッティ)、レモンオイルなどあるいは金属類、ウッドダスト、ミノキシジル(壮年性脱毛剤)など数え切れない程です。
さらにそれに紫外線の影響も関与しているケースもあります。(上記のなかには光過敏物資が多く含まれています。)
 以上の事を勘案すると女性に多いことが頷けます。現在は化粧品類の安全性が向上したとはいえ、pigmented contact dermatitis(色素沈着型の接触皮膚炎)には十分な注意が必要です。
 病理組織学的な特徴は、先に述べたように表皮基底細胞の破壊が起こり、組織学的色素失調を生じ、真皮内にメラニン色素の滴落をきたします。それで灰褐色の色素沈着を認めるようになります。
 治療はまず、原因物質の特定が重要です。炎症所見があればステロイド剤の外用を行いますが、なければ経過観察のみで1年程度で色素沈着は軽快してきます。ハイドロキノン等の美白剤やビタミンCなどの内服が使われる場合もあります。紫外線の防御も重要です。
【摩擦黒皮症】
20~30歳代のやせ形の女性に多く鎖骨上部や脊柱などの骨の直上部の皮膚に限局してみられますが、顔面や頚部など骨の突出部でない部位に生じることもあります。
 ナイロンタオル(垢すりやボディーブラシなど)の長期使用による機械的な摩擦が原因ですので、タオル黒皮症と呼ばれることもあります。一部の症例では真皮にアミロイドの沈着がみられ、その異同が問題になることもあります。体質的に摩擦刺激で斑状アミロイドーシスになり易い人があるようです。
 繰り返しの摩擦によって皮膚に微細な傷がつくことで、表皮基底層もダメージをうけ、IPが生じ、色素沈着を起こします。基底層ではメラニン色素の増強が、真皮の上層ではメラノファージが認められます。
 ナイロンタオルの使用をやめ、摩擦を中止すると徐々に色調は淡くなりますが、容易に消失しない場合もあります。

【炎症後色素沈着(PIH)の治療】
PIHの治療、対応は表皮性の場合と、真皮性のIPを伴うものによって異なってきます。
表皮性のものは、原疾患、原因がとり除かれれば、メラノサイトの活性化は徐々に終息し、数か月以内で元に戻っていきます。しかし、衣服に覆われた部分では日光暴露などの刺激に晒される機会が少ないために、修復の対応が鈍く、半年以上も色素沈着が遷延することもあるとのことです。しかし1年以上も続いたり、灰褐色調があればIPを考える必要性があります。
 いずれの場合もまず初めは遮光に心がけ、摩擦を避けることが重要です。その上で、通常の美白治療を行います。ハイドロキノンなどが有効ですが、そのかぶれ、オクロノーシス(色素増強)などの副作用に注意を要します。従って、その連続使用は3-6か月以内に留めるべきだとされています。
 1年以上たって、IPの可能性が高い場合は、FDM(太田母斑やADM/SDM)と同様に考えてQスイッチレーザーが有効な場合もあります。
しかし、表皮基底層にメラニン色素、活性化メラノサイトが残存している場合はそれを破壊することによってかえってIPを助長したり、逆に表皮のメラノサイトを破壊することによって永久色素脱失をきたす恐れもあるとのことです。
表皮の炎症後色素沈着があるうちにレーザー治療を行うことは色素脱失を生じる危険性があることを十分認識する必要性があるとのことです。(渡辺による)

ステロイド外用剤そのものでは、色素沈着を起こす作用はありませんが、炎症が鎮静化した後もずっと使用すると高率にPIHを起こす可能性があるとのことです。それはステロイド外用剤が表皮のターンオーバーを抑制し、メラニン色素の排泄を遅らせる可能性があるからです。

顔面のシミ、特に色黒の女性の場合は、さまざまな割合でPIHが混ざっているケースが多いようです。アトピー性皮膚炎や化粧かぶれ、肝斑にしても、SDMにしても、それを治すために皆さまざまなスキンケアをしています。良かれと思ってやっていることが逆に刺激になってPIHを引き起こし悪化しているケースはかなり多いように思われます。
治療の根幹は以下のように纏められるかと思います。
・紫外線の防御
・摩擦の禁止
・リール黒皮症などのように接触源、光接触源を断つこと
・ハイドロキノンなどの美白剤による治療、欧米ではトレチノインも使われますが日本人では刺激に注意
・ビタミンC,トランサミンなどによる美白。(但し、欧米でのトランサミンのEBM評価は確立されていない)
・適切なレーザー治療

参考文献

皮膚科臨床アセット 11 シミと白斑 最新診療ガイド 中山書店 2012 東京
総編集◎古江増隆 専門編集◎市橋正光
11.わたしの勧めるシミ対策(1) 皮膚科の立場から   米井 希、山本有紀 p61
12.わたしの勧めるシミ対策(2) 形成外科の立場から  久野慎一郎、吉村浩太郎p64
31.新しいシミ治療を展望する:形成外科の立場から  山下理絵 p162

皮膚レーザー治療プロフェッショナル  南江堂 2013 東京
渡辺晋一/岩崎泰政/葛西健一郎
色素沈着症           渡辺晋一 p81-169

皮膚科診療カラーアトラス体系3 色調異常 他  講談社 2009年 東京
編集/鈴木啓之・神崎 保
Riehl黒皮症             小塚雄民  p54

摩擦黒皮症            手塚匡哉  p56